森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第256回 政府の力

 

 政策の効果は人それぞれによって異なる。10月の消費税率引き上げの際「キャッシュレス5%還元」が導入された。クレジットなどで支払うとポイントがつく制度である。1か月半後の状況は「店舗の増加に伴いこれまでにポイント分として利用者に還元された金額は、1日当たりの平均で11億円余りとなりました。政府は還元に充てる費用を1日当たり10億円程度と想定して、今年度の予算を用意していますが、これを上回るペースで増加しています」とのことである(NHK NEWS WEB、11月12日)。

 これは、以前からキャッシュレス決済を推進したかった経済産業省が、増税の緩和策に便乗した形である。と書くと、否定的なイメージであるが、この政策の効果はだれに聞くかで違ってくる。

 まず売り手と買い手に分けられる。売り手のほうから見ていくと、この制度は中小企業を対象としているから、そのなかでもとくに個人商店では、キャッシュレス決済の設備投資が負担になっている。

 思いつくかぎりでも、キャッシュレス決済には、クレジット、交通系などの電子マネー、スマートフォンを使ったQRコードがあるが、それぞれは別の装置を必要とする。

 クレジットカードは過渡期で、まだ2通りの認証を用いている。ひとつはカードの裏面にある磁気を読み取る方法で、もうひとつはカード表面上のICチップをカードリーダーに差し込んだまま、暗証番号を打ち込むやり方である。

 お店によっては両方を扱える機械を用意しているが、ところによっては磁気だけのものしかない。その場合は、よりセキュアなIC+暗証番号という方式は使えない。たとえば近ごろ整備され始めたセルフレジでは、クレジットカードを使う場合は、磁気の面を読み取り機に差し込まなければならない。

 電子マネーにはこれとは別の機械がいる。中小の店舗では、クレジットカードを扱う機械までは用意しているが、電子マネーが使えないところが多い。これは平たい、下部に円が書いてある装置に電子マネーのカードを近づけるとピッと音がして、上部のディスプレーに金額が表示されるものである。

 さらにスマートフォン決済を利用している人に対しては、お店側はハンディタイプのQRコード読み取り機か、卓上型のガラス面が上に向いていて、そこにスマートフォンをかざして認証させる装置を入れておかなければならない(ちなみにコンビニに置かれている一台でカード、電子マネー、QRコードすべてを扱える端末もある)。

 これに通常の現金を扱うレジを加えると、お店は4種類の支払い方法に対応するために、それぞれ用の設備を導入しておかなければならない。これは大きな負担である。だからキャッシュレス決済と言っても、支払い方法が乱立しているため、かなり強引な見切り発車と言わざるを得ない(ただし私は技術革新を否定したくないので、中立的な立場である)。

 以上に加えて、クレジットカード会社はお店から手数料を得ている。一説によると「飲食店では5%程度、小売店では4%程度、デパートでは2%程度、コンビニなどでは1%程度」とのことである(https://navinavi-creditcard.com/creditcard-processing-fees-560)。

 お店に配慮するならば、できるだけクレジットカードを使わないほうが、お店の負担が小さくなる。しかしそれでもお店がクレジットカードを受け入れるのは、そうすればお客さんが多くを支出してくれるとのことのようである(本当だろうか?)。

 客側について見てみよう。お店を利用する人は、とくに日本人はキャッシュレス決済を望んでいるのだろうか。年配者のなかには、絶対現金がいい、という信念を貫いている人がいる。こういう人たちには、今度の政策に意味はない。しかし若い世代の行動パターンの変化を助長するという点では、今回の施策には効果があるような気がしている。

 ここが政府の力の見せどころである。クレジットカードは大昔からあるが、ある程度安定しつつ、現金主義を押しのけるほどの拡大は見られなかった。この10年くらいで日本人の現金志向をキャッシュレスに向かわせたのが電子マネーであろう。

 当初はEddyがANAのマイレージカードと一緒になっていたり、イオンが発行するWAONカードに電子マネー機能をつけたりと、電子マネーも乱立していたが、いまは交通系がリードしているようである。たしかに便利なのは、通勤通学でいつも一番手にしやすいところにある定期券で、現金を持たずにそのままコンビニエンスストアで買い物ができることである。

 以上のなかで一番便利なのがドコモのdカードである。これはクレジットカードと電子マネーの混合で、必要に応じて一枚で使い分けができる。VISAかMaster Cardのクレジット機能を備えたうえ、電子マネーのiDカードでもあるから、コンビニなどでは交通系と同じように使える。海外も含めそれ以外ではクレジットにもなるので、これ一枚あればなんでもできる。年会費が無料で、ローソンでは買い物ごとに3%割り引かれるし、ポイントがつくので貯めておくと、次回の機種変更がお得になる。

 最近これらに猛追しているのがスマートフォン決済である。たとえばPayPayが昨年12月初めに「100億円」キャンペーンを行った。利用者は買い物ごとに20%の割引を得られ、総額が100億円に達すると終わるとのことであった。結果として190万人がアプリケーションをダウンロードし、予定を早めて同月中旬には打ち切った。

 今年に入り、セブンイレブンが「7pay(セブンペイ)」を大々的にプロモートしたが、不正アクセスのせいで大々的に失敗し、3か月で撤退した。このほかスマートフォン決済には、楽天のR Pay、LINE Payに加えて、FamiPay、OrigamiPay、メルカリのメルペイ、海外ではAmazon PayやAlipay(支付宝)などがある。

 ここまで独断と偏見でキャッシュレス決済の歴史を見てきたが、ここから明らかなことは民間企業にできることには限界があり、対して政府がやることはすべてを押し流すほど圧倒的だということである。

 民間企業が行うことは、その企業ひとつの資源で進めていくしかない。PayPayの100億円キャンペーンはメディアの注目を集めて加入者を増やし、元手があるため100億円までは支出できたが、そこで力尽きてしまった。それ以外のキャッシュレス決済についても、個々の企業努力で拡大は進んだが、隅々に広がるまでの勢いに欠けていた。

 しかしいまや街を歩けば、赤地の「キャッシュレス5%還元」のポスターを見ない日はない。これがなんと9か月も続き、政府は2800億円も計上しているのである(足りなければ税金で補える)。これで数年後には日本人の消費行動は大きく変化しているであろう。今回の施策では日々の買い物で、政府の力を見せつけられている。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は12月15日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。