森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第275回 先端技術と自然の共生

 

先ほどまでスマートフォンで本を読み、ひとつの章が終わるたびに休憩のつもりで同じ端末でニュースを見ていた。平日の日中ならば、キンドルで読書している最中にメールが入ってくる。画面に新着のお知らせが出るとともにスマートフォンがバイブするので、すぐに確認して返事ができる。スマホはミニコンピューターである。

 一段落して原稿を書くためにパソコンを立ち上げる。原稿提出のために別の器具を使う必要はない(昔ならプリンター→FAX)。メールソフトを開き、添付して「送信」をクリックすれば、仕事は完了する。ICT時代では、PCは計算機ではなく、通信機器になった。

 日々、あまりにも当たり前になっているために、わざわざこうして書いてみると「なんでこんなことを書くのか」と思うくらい日常的なことになっているが、この展開を20年前に想像できた人はいただろうか。技術革新は人知を超えている。

 ということは、われわれは誤った設計図にもとづいて政策を進めたら、多くのことが無駄になってしまう。未来学者のように空想で楽しむ必要はないが、どういう社会にしたいか、それは技術で可能なのか、ということは考えておかなければならない。

 通信と政治との関係は第一には規制であるが、これに加えて通信が公益性を有しており、通信網の整備が社会経済の基盤になるため、政府が先導して進めていく面がある。だから通信事業は民間であるが、どういう方面に投資を集中させるべきか、という点に関しては政府の方針に沿った形でなければならない。完全な民間主導というわけではない。

 コロナ後の新しい社会像の根底に通信が来ることは必然だから、それをどう使っていくかということは社会全体で決めて、政府が執行していく。その意味で「どういう社会にしたいか」は国民ひとりひとりが自分事として考えなければならない。

 既定路線になりつつあるのが「リモートワールド」である。これは当初、オフィスや通勤電車の「密」を避けるための緊急避難的な対策であったが、長期化してきたため「ニューノーマル=新常態」になりつつある。

 加えて、リモート的在宅勤務を「ワークライフバランス」の観点から進めていくという側面もある。仕事中心の生き方から家庭中心の生き方へ転換させるために、通勤・会議・出張さらには単身赴任を減らすためにリモートワークを推進するという動きである。

 この方向性が定着するならば、その先には、前回このコラムで扱った「職場で住む場所を選ぶ社会」ではなく「住みたい場所に住める社会」がやってくるであろう。そしてオフィスが消滅する日が来るかもしれない。

 私がこれにこだわるのには3つの理由がある。東京一極集中を解決する。地球温暖化を食い止める。そして人間が自然との共生を取り戻す。

 東京・大阪・名古屋などの大都市に人びとが集中してしまうのは、そこにしか経済的チャンスがないからである。そこに大企業が本社を構えて、人を採用するため、そこに人が来て働かなければならないからである。

 そこに経済的チャンスがあるということは、多くの人が訪れるので、カネがもたらされるからである。カネが集まれば、商業が発展する。東京の場合は、首都だから国会や官庁があるために大企業が押し寄せて、人とカネを呼び込むが、ほかの大都市でも企業が人を集め、人が商業施設を引きつける。

 ビジネスチャンスの結果として競争で生き残った商業施設があるから、人が吸い込まれる。人とカネが循環することで大都市は豊かになり、人を誘惑する。地方出身者も首都圏の大学に来たがり、東京への集中度が増す。

 一瞬でよいから、東京をはじめとする都市生活者は本当に幸せなのだろうか、と問うていただきたい。一方で、いま自然に囲まれた環境で暮らしている方にもお考えいただきたい。「東京に単身赴任せよ」という辞令を受けたら、うれしいですか?

 意地悪な想定をするが、大都会の商業施設を利用して楽しんでいる人たちは、本当に人生を謳歌しているのだろうか。そして、なぜ観光業を盛り上げなければならないのか。

 世間に背を向けた人間の言うことみたいで恥ずかしいのだが、「大都会で遊ぶ」を具体的に思い浮かべることができない。人が集まるところにはよく行くから、別に隠遁しているわけではない。私が言いたいのはブランド品を買い漁り、グルメ紹介番組で採り上げられたレストランに行くことが、本当に人間の幸福なのかという疑問である。

 私が言いたいのは、一過性の快感をくり返していかないと満足できない中毒患者と同じ状況に陥っていないか、ということを改めてみんなが問い直さなければならない、ということである。

 観光に関しては相反するふたつの面がある。ここでは地方の人が都会に遊びに来るのではなく、都市生活者が地方に行くことを想定している。私の偏見では、観光の効用は都市生活者が大都会の生活で失ったものを取り戻すことのような気がする。だから都市生活者は別の大都市ではなく、非日常的なところか、自然のあるところに行くのではないだろうか。

 ただ観光については、私は反面で意地悪なことも考えている。観光業で生活されている人には申し訳ないが、「観光、観光」と煽ることで観光中毒を創り出していると思われる。休みになれば必ずどこかに行かないと損をするような気にさせる、そんなキャンペーンを政府が先導してやっていることに疑問を感じる。

 観光中毒が出現するのは、日常生活で余裕がないから休暇で短期間に発散させるためではないか。場所を変えて非日常的な感覚を無理に持ち込むことで、日頃のストレスを解消する必要がある。

 一度、頭のなかで日常の固定観念を取り外して、人間にとって本当に必要なものは何かを考えてみよう。私は「人間はいつか自然に戻るべきだ」と信じている。それは森のなかに隠遁するのではなく、通信によってつながることで、みんなが職場を軸に住居を決めるのではなく、自分の感性で住む場所を選べる社会になることを意味する。

 「自分は山が好きだ」という人がいるとしよう。「山小屋で仕事ができたら、いいなぁ」と思っているとしよう。しかしおそらく、すぐに「いやいや、休暇だからいいのであって、毎日なら、かえって飽きてしまうな。だから普段は都会に住んで、長期の休みに行くとしよう」と自分でだめ出しするかもしれない。

 たしかにこの面はあるが、もうひと押ししていただきたい。会社が都会にあり、日々、満員電車に2時間近く詰め込まれる生活を「当たり前」で「変えられない」という思い込みがあるためではないか。

 だからこそ「本当に変えられる」という気にさせるほどのインパクトのあるビジョンが求められる。これは全国民的な議論にもとづいて政治が決めて、政府が実行する壮大なプロジェクトでなければならない。

 もちろん、すべての職業がパソコンひとつで山小屋からリモートでできるわけではない。たとえば工場はそもそもの最初から大都会にはない。その事務方を都市のオフィスに集中させているわけだから、その部門をリモートにして地方に分散させればよい。

 そして可能ならば、都会地のオフィスは廃止して欲しい。都市から大企業の本社が消えれば、都市の魅力はなくなるから、人もカネも地方に分散していく。観光で人を地方に呼び込むのではなく、定住してもらえばいいのである。その生活圏でカネが循環すれば、地方経済は発展する。ICTによる地方創生である。

 おいしいお店も、ぜんぶが東京になくてもいい。近年のテレビ番組が愚かになったのは、テレビからスポンサーが流れて収入が減ったため、カネのかからないグルメ番組が増えたからだろう。愚かさに輪をかけているのが、東京ばかりが採り上げられていることである。

 たしかに東京は競争が激しい分、質が高い面はあるかもしれないが、本当においしいお店は東京だけではないはずである。にもかかわらず、芸能人が食べ歩く番組は東京ばかりで、実際にその店がおいしいのかというと、テレビを見た人は一度行けば満足だから味を楽しんでいない。マスコミが東京一極集中を促進している面がある。

 通信によってリモートワークが常態化すれば、人は好きな場所に住めて、都会からオフィスが消える。企業はオフィスを持たなくなるから、人は地方に分散し、究極的には「都市/地方」という区分けはなくなる(「共産主義で国家が消滅する」みたいな響きだが)。

 人が地方に分散することで、商業施設も地方に分散する。おいしいお店は大都会で厳しい競争にさらされるのではなく、各地域で地元の顔見知りを相手にして、人間味あふれるコミュニティの基点になる。都会でライバルから一見客を奪い取るのではなく、常連さんと交流することで店は質を高めていく。

 人の移動が地方の自分が居住するコミュニティで完結すれば、交通に伴うエネルギーの消費が減る。これは地球温暖化対策として効果が期待できる。そしてリモートワールドがもたらす利点の3つめは「自然との共存」である。都会とその近郊に生活している人は、近所の公園かオフィス密集地の街路樹くらいでしか自然と関わっていない。

 しかし通信によって地方で仕事ができるならば、人間は自然的な本性を取り戻して、都市生活者の鬱積から解放される。通信という先端技術を最大限に活用することで、われわれは自然に帰ることができる。

 いずれにせよ、技術には果てしない可能性が秘められている。いま「不可能」と思い込んでいることも、いつか実現するかもしれない。この機会に現実の制約を取り外して、自分の価値観を問い直していただきたい。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は9月1日の予定です)

【森田浩之プロフィール】

東日本国際大学客員教授。長年、哲学と政治を学んできたが、現在は人工知能の基本理念と社会的意味について研究している。NTT労働組合の機関誌『あけぼの』に「未来を語ろう――ICT/AI研究ノート」を連載中。著書に 『情報社会のコスモロジー』 『社会の形而上学』 『小さな大国イギリス』『ロールズ正義論入門』がある。NTT労働組合の学習会では、情報通信政策について解説している。