森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第228回 多数決主義の限界

民主主義には二つの考え方がある。多数決主義と、憲法に基づく民主主義である。前者は、国民レベルか、議会レベルで、多数派を形成した勢力が、法律や政策を決めることができると見なし、後者は、法律と政策の大多数は、国民レベルでも、議会レベルでも、多数決で決めてよいが、決定の前提として、憲法があり、憲法の指示しているところと、多数決による決定とのあいだで衝突が起きれば、憲法のほうが優先される、という考え方である。

憲法は、基本的人権(権利章典)と統治機構から成り立っている。権利章典の意義は、人権に反する法律が通ってしまった場合には、裁判所がその法律を無効にできることである。憲法の中に、議会と政府の決め方について書かれているのは、国家が国民の同意のもとに樹立されなければならないことを示している。

代議員は、任期中は独自の意志によって法律を決めることになるが、法律と政策が憲法の方向性に沿っているのかどうかは、わからない。代議員が暴走することも考えられるから、一部の人たちの自由と権利を侵害する法律が通ることも想定される。それを止めるのが憲法であり、司法による「違憲立法審査権」である。

この「憲法に基づく民主主義」が多数決主義と異なるところは、多数決主義では「多数の意志」に対する制約がないことと、立法府に対する裁判所の監視がないことである。憲法に基づく民主主義は、民主的政府に対して、多数決の制限を課している。つまり過半数が賛同したからといって、政府は何をしてもよい、ということではない。政府のしていることが憲法に反しているならば、法律や政策よりも憲法のほうが優先されるから、政府はそれをやめなければならない。

現実社会での決定にはスピードが必要であるために、憲法と法律を分けて、後者の決定を代議員に委託する制度が築かれたが、それでも、民主的な憲法によれば、市民が主権者であり、市民が選挙によって代議員を選んで、市民が代議員に主権の一部を貸し出すのが、議会制度である。代議員は議会の開催されているあいだは、主権を掌握し、議会は法律を決める権威を委任される。

しかし法律と政策の段階では、全会一致など不可能だから、決定は多数決主義にならざるを得ない。多数決は単なる便宜的な制度に過ぎない。

憲法に基づく民主主義は、多数決主義を、社会に正義を実現するという点で、不適切な方法と見ている。というのも、多数決主義は、少数派の意見が通らないという面で、平等な政治参加の権利を侵害しているだけでなく、すべての平等な市民の自由と権利、とくに少数派の市民の自由と権利を保護し、維持するための制度設計が欠けているからである。つまり多数決主義的決定は、基本的自由の制限につながり得るし、民族的・宗教的・階級的な少数派の権利と利益を、差別することになりかねない。

基本的自由を認知し、保護するための制度的装置が、明文憲法であり、とくに権利章典、権力分立、二院制、司法による違憲立法審査権を含んだ憲法である。権利章典には、代議員に対し、民主的立法において、何が最優先課題となるべきかを思い起こさせる役割がある。権利章典は、司法による違憲立法審査権と組み合わさることで、多数派の決定に制限を課している。

権力分立と二院制には、多数派への「チェック・アンド・バランス」(抑制と均衡)としての働きがある。法律の決定を遅くすることで、立ち止まって自省する時間を与え、多数派の暴走を抑えている。この期間には、議会レベルだけでなく、国民レベルの熟議も可能になる。国民・議会・裁判所の熟考・熟慮・熟議は、基本的な自由が侵害されないことを確かなこととし、すべての当事者の言い分が聴かれる場を与え、立法者に少数派の立場を理解させる機会を提供する。

多数決主義に、基本的自由を保護する制度設計が欠けているのは、多数決主義が、人びとの利益を大きくすることを目指しているためである。幸福の最大化が政策目標になっていると、人びとの願望や好みを抑制することができなくなる。多数派への憲法による制約があれば、代議員による自由と権利を軽視した幸福追求を制御できる、ということである。

さらに憲法に基づく民主主義は、司法による違憲立法審査権が民主主義と両立すると考えている。これは裁判所が、人権を無視した法律を無効にして、市民の自由を保護することを目的に、違憲立法審査権を行使しているからである。

これに対して多数決主義者は、裁判所の介入は非民主的だと主張する。というのも違憲立法審査権は、立法府による「民主的」な決定を覆すことだからである。「民主主義」を過半数による決定と理解するならば、そう感じられるかもしれないが、憲法に基づく民主主義は最初から多数決主義を採っていない。司法の介入は、過半数の反民主的な決定に対抗して、民主的憲法を守っている、ということになる。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は10月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。