森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第280回 行政デジタル化のゆくえ

 

 一時期に比べてデジタル庁のニュースが減っているが、これは裏で本格的に話が進行していることの証左であろう。行政デジタル化の課題はAIと同様に、マスコミには理解できない専門的な事柄だからである。話が煮詰まるほど、彼らには意味不明だから報道できる形式に加工できない。

 この課題はふたつの方面から攻めなければならない。ひとつは、これは私の専門外だが、ソフトウエアやシステム・インテグレーションなど情報通信の技術的側面である。ICTポリティクスを語るなら、私のような文系も勉強しなければならない。もうひとつは行政がこの課題にどう取り組んでいるのかという動向を追うこと。これについてはメディアに頼るのではなく、政府が出している公式文書に当たる必要がある。

 デジタル庁の動きとして、トップが何を考えているのか。これに関してはマスコミでも報道されているが、断片的または記者に理解できるレベルに留まっているので、これだけに依拠するわけにはいかない。そこで検索してみたら「2020年10月21日、平井デジタル相は『デジタル庁のミッションとは』と題して、AI(人工知能)を中心テーマとするイベント『AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020』で講演」というのが出てきた(Internet Watch)。

(https://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/1284367.html)

 講演が記事に変換されているものの、大臣のまとまった形での発言は当座、ほかに見当たらないので、ここから引用することでデジタル庁の任務を推察したい。大臣は2001年からの「IT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)」の流れを整理した後、「デジタル敗戦」について語る。インフレ整備はよかったがパフォーマンス(利活用)が悪いという意味である。

 方向性として「日本の今までの状況を考えたとき、デジタル化で『今までのやり方を根本的に変える』ことが必要。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の『トランスフォーメーション(変革)』の方が重要だ」と述べる。

 目標は「デジタルを意識しないデジタル社会」であり「日本のデジタル社会は"no one left behind"、『誰一人取り残さない』ことを重視する。デジタル機器のアクセシビリティやUI/UXでデジタル格差を作らないことが重要だ」とする。

 具体的な業界図としては「中国が進めるデジタル化、アメリカのようなGAFA(巨大IT企業)主導のデジタル化、どちらも日本には馴染まない。目指す社会像が違う。我々はプライバシーなどに最大限配慮しながら、人間を大切にするデジタル社会をどう作るかに挑戦するべきだ。」

 ここまではデジタル庁に特化しない、政府のICT社会の基本方針と読むべきであろう。しかしこれもデジタル庁の任務であるならば、ここから推測できることとして、デジタル庁が取り組もうとしていることはふたつある。ひとつは「行政のデジタル化」であり、もうひとつは「民間のDX」を政府として推進していくこと。前段落で引用した内容は後者のことを指すだろう。

 そしてデジタル庁それ自体の話に移る。「今回、『規制改革の象徴』であり、なおかつ『成長戦略の柱』との指示のもと、デジタル庁を創設する。標語として"Government as a Startup"を掲げた。目標は"Government as a Service"、国民を幸せにするサービスだ。」

 具体的なスケジュールとしては「今後、IT基本法の抜本的改正案、(デジタル庁の)設置法、番号法、個人情報保護法など、法案を一気に出す。法案が通った段階で、今の法案準備室がデジタル庁準備室に変わり、来年中に新組織を発足させる。」

 最後に、政府内調整の問題として「(デジタル庁)では『縦割り行政の打破、規制改革』が前面に出ている。縦割りの打破とは、別々の会社(役所)が別々のサービスを提供していた状態を、国民目線で一つのサービス形態として欲しい、ということなので、『とてつもない権限』をデジタル庁に持たさないとできない」と結論づける。

 デジタル庁の任務があまりにも壮大なため、論点が混じり過ぎていると思うので整理しておきたい。第一に「行政のデジタル化」と「民間DXの推進」は最終的に統合されるにしても、手順としては別の経路になる。

第二に「規制改革」「成長戦略」「縦割り行政の弊害」などキーワードが出てくるが、第一の論点に沿って区分けをしたい。「規制改革」と「成長戦略」は入り口としては民間DXの分野で、「縦割り」は行政の話になる。とはいえ、これを進めていくと行政のデジタル化自体が規制改革の対象になり、この事業が成長戦略にもなり得る。

 今の論点を別の用語で言い換えてみると、デジタル庁の任務は「内」と「外」のデジタル化と言える。前者が行政のデジタル化で、後者が民間DXの推進である。「縦割り行政の弊害」が登場するのは各省庁の権限の(デジタル庁への)集約という意味で「内」の文脈だが、これは「外」にも当てはまる。民間のICTは経済産業省の主導だが(Society5.0)、情報通信は総務省の管轄である。

 いずれにせよ、民間DXは企業主導で、政府の役割はグランドデザインの提示やプレーヤー間のコーディネーションになるから、当座のデジタル庁の任務は行政のデジタル化になる。これが「とてつもない権限」がなければできないのは、扱う課題があまりにも大きいためである。

 この側面はプログラムやSIの知識がないと完璧には語ることができないので、以下の叙述は外部観察者の憶測が含まれていることを念頭にお読みいただきたい。

 行政のデジタル化が中央省庁と全自治体を統合することならば、どれだけのシステムを結びつけなければならないのか。基本的には「1府11省2庁」(この「庁」は復興庁と警察庁)と呼ばれるが、それぞれの下にたくさんの「庁」がある(財務省の国税庁、法務省の検察庁、文科省のスポーツ庁など)。さらに全国の市区町村の数は1741(2018年)に及ぶ。

 自治体では、多くが別のシステムを使っていると考えてよいだろう。総務省に「行政のデジタル化について」という専門小委員会が設置されているが、その資料の中に「自治体システム等標準化検討会」という参考資料がある。自治体ごとに異なるシステムをどう標準化していくのかという工程が示されているが、その図に「A市B市C市」「ベンダ間・ベンダ内ともバラバラ」という説明があるので「自治体ごとにシステムが別々」というのが常識として話が進められている。

 「自治体間の標準化」と言葉では簡単だが、中身は膨大である。同じ資料内に「自治体の情報システムの分類例」が掲示されているが、一部抜粋だけでも、その凄さが見て取れる。

 「基幹系システム」は住民情報・税務・健康保険・年金・福祉など、「内部管理系システム」は人事給与・財務会計・文書管理、「情報提供システム」は各自治体のホームページ、「通信システム」は庁内LANのことである。

 ここには中央―地方関係を根幹から変革しかねない課題も潜んでいる。平成6年の「第24次地方制度調査会答申」に「間近に迫った21世紀を展望した行政システムとしては、画一性よりも自立性や多様性がより尊重され、住民に直接接する自治の現場にあるものの判断や責任が生かされるよう......」と書かれているが、中央主導型になれば「多様性」が軽視されかねない。

 とはいえ、行政のデジタル化については、自治体のほうが中央に依存している。総務省「行政のデジタル化について」に全国市長会会長の立谷秀清・相馬市長の発言が引用されている。

 「AI化に伴って、行政システムも標準化していかないといけません。今まで行政情報システムというのは、市町村ごとに入札して、それぞれ交渉してきたわけです。ですが、住基システムなどは全国同一ですから、私は、これを国で標準化してもらいたい。我々が個々に事業者と交渉するのではなく、国でモデルパターンを作ってもらう」(2019年6月6日)。

 ここからも行政のデジタル化が巨大事業であるとともに、国家の権限強化につながり、中央―地方関係を基礎から覆しかねないことが見て取れる。SI事業推進というポジティブ面と国家権力の肥大化というネガティブ面の両方を同時に見据えていかなければならない。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は12月15日の予定です)

【森田浩之プロフィール】

東日本国際大学客員教授。長年、哲学と政治を学んできたが、現在は人工知能の基本理念と社会的意味について研究している。NTT労働組合の機関誌『あけぼの』に「未来を語ろう――ICT/AI研究ノート」を連載中。著書に 『情報社会のコスモロジー』 『社会の形而上学』 『小さな大国イギリス』『ロールズ正義論入門』がある。NTT労働組合の学習会では、情報通信政策について解説している。