森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第242回 崩壊国家から学ぶ

 

 ブレグジットを英国内の視点で眺めてみよう。日本人から見れば、この問題は日英の経済関係として捉えられるから、イギリスで活動する日本企業の立場で考えてしまう。

 しかしこれらの企業関係者には申し訳ないが、事態はもっと深刻である。たしかに英国が合意なき離脱に踏み切れば、これらの企業は大損するが、無礼を承知で述べるなら、これはたかだか金銭で済むし、これでこれらの企業が倒産するとは考えにくい。

 一方でこれを英国内から観察してみると、経済を大きく超えて、国家のあり方、さらには社会の安定性にまで及ぶ、破壊的な展開を示しつつある。

 整理すれば、2016年6月の国民投票でEUからの離脱が決まったが、これは単なる離脱であって、具体的に何を意味するのか、当時はほとんどだれも想像できなかった。

 これでキャメロン首相が辞職し、後任のメイ首相が2019年3月29日に離脱すると宣言した。しかし離脱の具体的形態については何も決まらず、英国議会は離脱案を議会にかけることを義務づける法案を可決した。これでメイ政権は独自の案で離脱する術を失った。

 首相は昨年11月にEUと離脱協定案をまとめたが、これは議会で今年1月と3月に3回否決された。すでに法律で具体的な離脱の形態は議会が決めることが制定されているので、政権にできることは複数の法案を提出して、議会に採決させることだけである。

英国内では、首相のリーダーシップを嘆く声が聞かれるが、実際のところは、議会に主導権を握られている以上、メイ首相は身動きができないと少し同情的になってもよいのではないだろうか。

 議会だが、離脱の具体的形態にはいくつかの選択肢があり、単一市場・関税同盟・欧州司法裁判所などの機構からすべて抜けるシナリオや、EUの意思決定からは外れるが単一市場と関税同盟には留まるものと、単一市場からは出るが関税同盟には入ったままなど、様々な方法が考えられている。

 しかし困ったことに、すべての選択肢について、議会で過半数を得られていない。残された道は、このまま合意なき離脱になるか、長期の延期しかない。

 というのも、これほど全当事者の意見が強すぎて、一歩も引く気配がなければ、どちらか一方が完全勝利して、片方が全面降伏するしかない。すると原点の2016年6月の国民投票に戻るが、ここでは52%対48%で離脱が勝っている。

現在、英国内では国民投票のやり直しが一部から提案されているが、これは危険なことである。もしかしたら2回目の国民投票を実施したほうが経済的には繁栄するかもしれないが、本当に国民投票をやり直して、それが1回目と異なった結果になったら、どちらを優先すべきなのかということで、もっと国が分裂してしまうからである。

 さらに問題なのは、ゲームの結果が気に入らないからといって、あとでルールを変えることが慣例化してしまうと、それは後世においてブレグジットよりもひどい結果をもたらす可能性があるということである。

 2016年の国民投票では「これ1回限り」という前提で選挙運動を始めているから、結果は尊重しなければならない。思った通りの結果にならなければ選挙をやり直せるということが一度でも起これば、それは今後「ならば今回も」という言い訳を与えかねない。それがくり返されれば、選挙という民主主義の根幹が意義を失ってしまう。

 ブレグジット論争において、さらに気になるのは、全当事者が自分こそが民主的で、国益を考えており、国の分断を統合できる、と強弁していることである。これに関しては、私は理念的には残留派に同調しているが、残留派のほうが質が悪い。

彼らは2016年の時点では、国民は事実を知らされていなかったから、すべてが明らかになったいま、改めて国民投票を実施すべきだと主張する。この議論の間違いはすでに指摘したところである。

 加えて残留派は、自分たちこそ国を統合できると述べている。しかし国民の過半数は離脱支持だから、彼らの意向を無視して残留を勝ち取れば、分断はさらに深まり、ひとつの社会としては成り立たないくらい憎悪に満ちた敵意が支配することになろう。

 残留派の理屈を突き詰めると、彼らは離脱を取り消すことによって分断を解消できると考えていることになるが、こうなったら52%の国民は暴動を起こすのではないだろうか。そうしたら、暴力が民主政治を破壊することになる。

 ブレグジット論争が危険な領域に入った証拠は、あらゆる関係者が「自分だけが国をまとめられる」とあり得ない主張を始めたことである。自分こそ民意を反映しており、自分に従うことこそ正しいことだ、という専制主義的な議論になってきた。

 これが行きつくところまで行くと、民主的プロセスを無視してでも、自分の主張こそが正しいという独裁的な発想に至る。そして自分と違う主張や、自分への批判は「国益にかなっていない」として抹殺してよい、ということになる。

 私がこの問題を執拗に追うのは、英国政治に興味があるからだが、加えてこれが安定した民主社会が崩壊していく一例として、歴史的に語り継がれるべき事例だからである。

 この種の悲劇を未然に防ぐ方法は、そもそもの初めから国を分断する議題を国民投票のようなイチ/ゼロの中間も妥協も譲歩も不可能な究極の選択にかけないことである。そして国民投票の使い方に注意が必要なことを肝に銘じておくことである。

 私自身、国民投票が民主主義の理想的な姿であると信じてきたが、今回の出来事で、封じるべきであるとは思わないが、もう少し議会制民主主義の意義を見直すべきであると考えるようになった。

 すなわち、国民に直接問いかけるほうがむしろ分断を生み出してしまうような課題については、政治家に討議させて、少しずつ間合いを詰めて微妙な落としどころに持っていくというのも、健全な民主主義のあり方だということである。政治家をこき下ろしているだけでは、民主主義は機能しない。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は5月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。