森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第259回 機会の平等とは何か意味のデジタル化

 

 先日、ある研修で「みなさんはNTTという会社をどう分類しますか」とたずねたところ、「情報通信企業」という回答が返ってきた。私が「ICT企業ではないんですか」と聞き返すと、多数が横に首を振っていた。すると簡単な式にするならば、

「ICT(情報通信技術)企業」マイナス「情報通信企業」イコール「テクノロジー」となるから、NTTは「通信回線を売っている会社」であって「技術の会社」ではないことになる。ならば、持株のホームページを見ていただきたい。ここに「NTT Technology Report for Smart World」がある。

ダイジェスト版で16ページ、詳細版で82ページだが、日本が誇るべき技術を知るために、ぜひ詳細版を熟読していただきたい。Google、Facebook、Amazon、Microsoft、IBMに匹敵しうる日本企業はNTTしかないことがよくわかる。

(ダイジェスト版https://www.ntt.co.jp/RD/techtrend/pdf/NTT_TRFSW_D.pdf。詳細版https://www.ntt.co.jp/RD/techtrend/pdf/NTT_TRFSW_S.pdf。)

「Smart World」はあらゆる事象をデジタル化することで(デジタル・トランスフォーメーション)、ICTで社会課題を解決することである。NTTが進めているのが、人工知能、仮想現実/拡張現実、ヒューマン・マシン・インターフェース、セキュリティ、情報処理基盤、ネットワーク、エネルギー、量子コンピューティング、バイオ・メディカル、先端素材、アディティブ・マニュファクチャリングの11テクノロジーである。

私がとくにしびれたのは人工知能とエネルギーである(もちろん、すべてが最先端であり、感動的である)。気候変動(地球温暖化)を考慮すれば、温室効果ガス排出で大きな割合を占める電力供給の課題を解決しなければならない。

Technology Reportによると、いままで家庭は電力会社から電気を買っていたが、これからは電力の「地産地消」化をめざさなければならない。それは各家庭や各企業がみずから電力を生産し、消費することである。そしてそのためには蓄電と発電の技術に革新が起こらなければならない。

ひとつめの「蓄電容量の拡大」についてNTTは、従来のリチウムイオン電池よりも蓄電容量の大きいリチウム硫黄電池、金属電気電池などの革新電池の開発を進めている。

送電に関しては、だいぶ前から送電中の放電により、大きなロスが生じていることが指摘されていた。NTTは「仮想エネルギー流通基盤の確立」「新エネルギーネットワークの実現」「それらを支える基礎技術の研究開発」を推進している。

ひとつめは「仮想発電所」によって「一般家庭や事業所の蓄電池、電気自動車などを一括して制御し、あたかもひとつの"発電所"」のようにすることである。二番目を実現させるために「多数の仮想発電所間でエネルギーを"賢く"流通させるためのアドバンスト・ヴァーチャル・パワー・プラント連携技術や、エネルギー需給の変動に応じた、リアルタイムエネルギー需給マッチング技術の開発」に取り組んでいる。

そしてこれらを支える技術について「エネルギー伝送として光ファイバで強いパワーの光を伝送し、効率よく電気に変換する光分配・高効率光電気変換によって、従来電気で動作していた機器に光でエネルギー供給することが可能」になる。私が身震いするほど感激したのは、電力を光に変換するテクノロジーである。

これ以外もすべての技術が社会課題の解決に役立つが、今回とくに採り上げたいのが人工知能(AI)である。これはすでに連日マスコミで扱われるほど社会に定着しつつあるが、AIをじっくり研究してみると、報道された内容が本当の人工知能なのか、それとも単なるネット検索なのかはあいまいで、われわれは企業の宣伝やメディアの熱狂にだまされてはいけない。

 現在のAIの大半がアメリカ発で、日本独自のAI技術はそれほど多くない。いままで世界でアメリカ産AIを共有できたのは、研究の発祥地が大学だったからである。学者が一般に公開される学術論文に成果を発表していたから、みんながそれを応用してAIシステムを開発できた。

 しかし10年前くらいから、ICT企業のAI人材囲い込みが始まった。これの行き着くところは企業独自のAI技術がないと、その企業、そして国自体が生き残れないことである。だからこそ、日本にはそれほどの資源(資金、人材、知識)を持っているのがNTTしかないから、NTTの活躍に勇気づけられる。

 人工知能の課題は、音声認識、自然言語処理、コンピュータ・ビジョン(画像認識と物体認識)と言われている。音声認識は人の話をそのまま文字化(デジタル化)することで、これはこれでたいへんな技術であるが、AIを訓練するデータがたくさんあれば、それほどむずかしくはなくなっている。

 だから壁は機械翻訳などの自然言語処理と、画像と物体の認識である。後者はロボットの実用化に欠かせないテクノロジーだが、画像認識に関しては、大量のデータを読み込ませることができれば、精度はどんどん上がる。

 翻訳と物体認識が困難なのは、コンピュータが「それがなんであるか」を把握しなければならないからである。とくに自然言語処理の場合は、文章の内容を理解しなければならないから、ビッグデータの集積だけでは解決できない。

 キーワードは「理解」だが、人間が言葉や対象を理解することで引き出すのが「意味」である。端的に言えば、AIがしていることは、人間世界の情報を「デジタル化」すること、要するにコンピュータが処理できる形式に変換することである。

 だから「意味」を「デジタル化」できれば、そのシステムを開発した人は世界の覇者になれる。NTTのすごいところは、この難題に勇猛果敢に挑戦していることである。それは「AIが価値観を処理できるようになるためには、多種多様な考え方を受け入れる『寛容さ』と真心をもって人や物事に対応していく『誠実さ』が必要となります」(P17)に表れている。

 価値観こそ意味の集約されたものだから、価値観を理解したうえで、相手に「寛容さ」と「誠実さ」をもって接することができれば、このテクノロジーは人間と機械との関係に革命をもたらすであろう。

 NTTの2019年3月期の売上は11兆8000億円である。一般的に、企業が支出している研究開発費は売上の1割と言われている。国内の情報通信企業で年間1兆円以上も研究開発に使えるというのは、日本にとってありがたいことである。というのもNTTのような公益性に配慮している企業は研究業績を公開しているため、社会全体が成果を共有できるからである。

 さらにNTTが解体されて個々の企業が独立採算になれば、個々の企業の1割分しか研究開発費に回せない。「トータルでは、やはり1兆円以上になる」という反論も予想されるが、情報通信産業で必要とされる研究は多くのNTTグループ企業で共通している。ということは解体されれば、個別の研究が重複してしまい、その分が余剰になる。

 加えて企業の規模が小さくなれば余力がなくなるから、利益重視になって目先の損得のための研究に特化して、冒頭で挙げたエネルギーのような分野までに研究の努力が向けられなくなってしまう。要するにNTTが解体されたら、イノベーションは起こりえない。NTTの経営形態問題がこんなところにも波及している。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は2月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。