森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第272回 コロナと豪雨と計算力

 

 悲しいことに、7月は陰鬱な月になってしまった。九州を中心に豪雨が襲い、東京をはじめとする首都圏では、新型コロナウイルスの感染者が急増した。

 九州豪雨は「特定非常災害」に指定されたが、1995年阪神大震災、2004年新潟県中越地震、2011年東日本大震災、2016年熊本地震、2018年西日本豪雨、2019年台風19号に続く7例目となる。過去の例を見ただけでも、今回の豪雨のおそろしさがよくわかる。

 首都圏の感染者数の急増は、若い世代が多く、無症状や軽症者が大半を占めているため、政府は「感染拡大防止と社会経済活動の両立」という方針を変えていないが、これら若者たちが知らないうちに高齢者や呼吸器系の疾患のある人にうつしてしまったら、重症者があふれて、医療体制が崩壊してしまう。

 気象と感染症はまったく別の現象であるが、方法論的には同じ位置づけにある。科学哲学では「正確な科学」と「不正確な科学」という言い方をするが、前者は物理学のような方程式が確定していて、初期条件が整えば精緻に未来を予測できる科学で、後者は不確定要因が多すぎて予測が極度に困難か、不可能な科学のことである。

 今回の九州豪雨は「線状降水帯」と呼ばれ、「線状の降水域が数時間にわたってほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたら」し、厳密に言うと「複数の積乱雲が線状に並ぶ形態」で「大きさは、幅20~50km、長さ50~200kmであり、数時間ほぼ同じ場所にとどまるもの」である(津口裕茂「新用語解説」日本気象学会)。

https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2016/2016_09_0011.pdf

 「新用語解説」によると「線状降水帯の発生環境場」は

・大量の暖かく湿った空気が大気下層に継続的に流入する

・大気下層の暖かく湿った空気を、自由対流高度まで持ち上げる強制力がある

・大気の成層状態が不安定である

・個々の積乱雲が組織化するための適度な鉛直シアーが存在する

 「鉛直シアー」は気象庁の説明で「風向や風速の急変」を意味する「ウインドシアー」のことで、水平方向と鉛直方向(重力の向き)のふたつがある。

https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kouku/2_kannsoku/23_draw/index8.html

 日本気象学会の「新用語解説」に戻ると、今後の課題として「集中豪雨による災害を少しでも軽減し防ぐには、それらの正確な監視・予測が必須」であるが、これに関しては技術革新が貢献できる。「新用語解説」は「近年、気象レーダーや高層ゾンデ観測などのデータの蓄積に加え、品質の良い客観解析データが利用できるようになり、線状降水帯の発生環境場を統計的に解析することが可能となってきた」と述べる。

 私は気象学に関してまったくの素人である。しかし上記の区分けで言う「不正確の科学」の信奉者として、異常気象が災害をもたらすたびに、マスコミ情報だけでなく、気象庁や専門家の解説を読み、勉強している。

 なぜ「不正確の科学」のファンかというと、今度は私の専門になって、永遠に終わらなくなってしまうので、簡単に済ませるならば、長年、科学の手本は物理学と思われてきたが、社会現象だけでなく、自然現象の多くも「不正確の科学」の対象であり、むしろ従来モデルとされてきた「正確な科学」のほうが例外だと考えるからである。

 私は理系ではないから、やさしい例を挙げるならば、次の皆既日食は正確に予測できる。というのも、すでに確定した方程式があり、太陽と地球と月は法則どおりに動いて、計算した瞬間から次の日食のあいだに気が変わって、数式に反した行動をとることがないからである。そして(もちろん天文学者はむずかしい研究をされているが)方程式に入れ込まなければならないデータの量も、ある程度は限定されている。

 しかし気象条件に確定した方程式はない。これも私には専門外だから、間違ったことを書いているかもしれないが、気象学で使われる数学は流体力学と言われるもので、必ずしも気象学のために開発された道具ではない。「流体」のとおり、水や空気の流れを解析する数学である。

 しかし天候は水や空気の流れだけで決まるわけではない。さきほど「線状降水帯の発生環境場」の2番目で「大気下層の暖かく湿った空気を、自由対流高度まで持ち上げる強制力」を挙げたが、具体的には「前線、地形、冷気プール、重力波など」のことである。ちなみに前線は「冷たい空気と暖かい空気の境目で地表と交わる部分」のことである。

(https://hp.otenki.com/5985/)

 私の思い込みかもしれないが、おそらく「強制力」は前線の冷たい空気と暖かい空気の温度差によっても変化するだろう。温度差が大きければ天気は荒れるから、強制力が増して温かく湿った空気は高く舞い上がり、その分豪雨の威力も強くなるのではないか。するとちょっとした温度差が雨量を変化させることになるから、予測の際に考慮すべき条件の数も多くなる。

 「強制力」には地形や重力波も加わるから、要因はめまいがするほど多くなるが、変数が増えれば、組み合わせの数も増える。温度差だけでも降雨量は変化するが、これに地形を掛け合わせる。「高度~メートルの山の近くでは......」というように、温度差の値を少しずつ変えるとともに、山の傾斜の値も変えて、それぞれを組み合わせると、場合分けは人間の頭脳では理解できない数にまで膨れ上がっていく。

 同じことは感染症にも当てはまる。世の中ではいろいろな防止策が講じられているが、どれが適切でどれが余計なものかは大半の人が理解できていない。だから無駄な装置が用意されている一方、必要な措置が採られていないところもある。

 これについても私は素人であることを告白しつつ、それでも絶対に必要なことは「マスクの着用」だと断言したい。私が専門家の書いたものを理解できているならば、感染の原因が「飛沫」であることは間違いないであろう。これは人間の口から出てくるものだから、「入るのを防ぐ」のではなく「出るのを防ぐ」という心構えでなければならない。

 私自身が出くわした例で説明するならば、ある日「そろそろリラックスしていいだろう」という気になり、カフェでランチをすることにした。ある程度、日常に戻ったため、座席どうしの幅も狭くなり、横のテーブルとの間隔は30~40センチしかない。

 私の食事中、となりに2人組がやってきて、マスクを外しておしゃべりを始めた。換気をよくするために窓が開いており、となりのお客さんの反対側から私のほうに向かって風が入ってくる。2人のうちどちらかがウイルスを持っていたら、私は感染していたであろう。

 最近の感染例を日々詳しく読んでいると、傾向として、接待を伴う飲食店のほか、家庭内感染、職場感染に加えて、会食による感染が報告されている。

 会食による感染のメカニズムは詳しく報道されていないが、専門家が一般向けに書いたもので学んできた私のおおざっぱな印象で言うと、会話の際に口から出てくる飛沫が空気中に漂って、それが直接、口や鼻から上気道(鼻から鼻腔、鼻咽腔、咽頭、喉頭)に入るようである。飛沫は、湿度にもよるが、2メートルを超えると乾燥して、ウイルスは「不活性化」する(効力を失う)。

 感染防止策を考えるには、飛沫の浮遊をコンピュータでシミュレートできるとよい。「AIを感染防止に役立てる」という話を聞くが、一例がこれである(実際には「AI」というより、計算力に依存する「スーパーコンピュータ」のことである)。

 日経XTECHの解説によると「理化学研究所チームリーダーの坪倉誠神戸大学教授は2020年4月末から『室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策』の研究を始め、6月17日に新たな研究成果を公開した。」

 「同研究ではくしゃみやせき、会話などで生じる飛沫がオフィス内でどう漂うのか、飛散シミュレーションを実施した。坪倉教授はオフィスの新型コロナ対策について、『大きい飛沫』と『小さい飛沫』の違いを理解したうえで、それぞれ適切な対策をとる必要があると提言する。」

 「大きい飛沫は5マイクロメートル以上、小さい飛沫は5マイクロメートル未満の大きさを指す。会話やせき、くしゃみをすると両方が口から飛び出し、大きい飛沫は机や地面に落ちやすく、小さい飛沫は空気中を長時間漂いやすい特徴がある。検証では不織布マスクを着用していれば大きい飛沫は9割以上拡散を防げるが、小さい飛沫は約5割が顔とマスクの隙間から漏れ出した。」

(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04236/)

 素晴らしい内容なので、できるだけ多くの人に知っていただきたいが、高い計算力を誇るスーパーコンピュータでなければできないことが技術革新によって実現した(そして私はこのような記事を読んで「カフェでとなりのお客さんによって感染しうる」という結論に至っている)。

 従来の科学は「正確な科学」を手本にした理論先行型であったが、これからは「ビッグデータ」を基軸とする統計先行型になるであろう。膨大なデータをコンピュータに入れてAIにパターンを見つけさせることで、数値から反対に方程式を導く。科学が技術を生み出すのではなく、技術が科学を生み出す時代がやってきた。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は8月15日の予定です)

【森田浩之プロフィール】

東日本国際大学客員教授。長年、哲学と政治を学んできたが、現在は人工知能の基本理念と社会的意味について研究している。NTT労働組合の機関誌『あけぼの』に「未来を語ろう――ICT/AI研究ノート」を連載中。著書に 『情報社会のコスモロジー』 『社会の形而上学』 『小さな大国イギリス』『ロールズ正義論入門』がある。NTT労働組合の学習会では、情報通信政策について解説している。