森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第250回 改憲と終戦の日

 

 最近、日韓関係のニュースを見るのが疲れる。契機は徴用工であろう。韓国から見れば、これは司法の判決だから、行政府にできることはない。しかし日本政府にすれば、日本企業の資産が韓国の当局に差し押さえられて、勝手に売却されることは、韓国における日本企業の人権蹂躙(じゅうりん)に等しい。

 日本政府はこれとの関連を否定しているが、韓国への輸出管理強化に乗り出した。韓国を輸出管理の優遇対象国(いわゆる「ホワイト国」)から外す決定をしたのである。この理屈はよくわからないが、今年1月の韓国海軍による自衛隊機へのレーダー照射問題や、前出の徴用工をめぐる対立が重なったため、日本から見て韓国はもう「友好国」ではなくなったということであろうか。

 これに対して両政府の応酬が始まった。今月初めにムン大統領が「加害者の日本がぬすっとたけだけしく大声をあげている状況を決して座視することはできない」と発言したとの報道が流れた。これは一国のリーダーが他国に関して言うには、かなり強い言葉である。

 結果的に、両国民にとって情緒を刺激するとても敏感な問題に発展してしまった。今回の輸出管理強化に関して、経済産業省には4万件を超える意見が寄せられて、そのうち95%が「おおむね賛成」とする一方で、「おおむね反対」は1%だったとのことである。

 官庁の募集に積極的に参加する人の意見が強いことを考慮しても、日本人の対韓感情が悪化した兆候であろう。それだけこの問題について発言すること、とくに日本国内で韓国を擁護することがむずかしくなっている。

 このような場合は、韓国内で日本がどう扱われているかを知るべきである。しかし韓国語ができないため、日本語で報道されているところから判断するしかない。これでは韓国人の対日感情が理解できないから、公平な観点から語ることはできない。

 さらに大事なことは、いま韓国内で日本がどう見られているかということよりもむしろ、過去数十年間に日本がどう語られてきたかを知るべきだということである。なぜなら今回の問題は近年の出来事に限定されず、第二次世界大戦後の鬱積(うっせき)の爆発であると捉えるべきだからである。

 この数年の日韓関係を規定してきたのは従軍慰安婦であろう。直近でも、愛知県で開かれた国際芸術祭の従軍慰安婦像が問題になった。批判的な電話が殺到し、テロ予告や脅迫まであったという。従軍慰安婦は韓国人にとって情緒を刺激する課題であるが、それに相応して日本でも感情を揺さぶられる事案になってしまった。

 起源は第二次世界大戦にある。これは日本の教科書にも書いてあることなので、それほど右派・左派に見解の相違はないと思うが、日本軍が朝鮮半島に侵攻したことは事実としてよいであろう。あえて「侵攻」としたのは「侵略」という言葉で感情を刺激したくなかったからである。この問題は冷静に議論したい(とはいえ辞書的な意味では「侵攻」と「侵略」に違いはない)。

 従軍慰安婦について、韓国は一貫して日本に謝罪を要求してきた。日本政府は1993年に当時の河野洋平官房長官の談話で「謝罪」し、それを受けて「女性のためのアジア平和国民基金」を成立し、一件落着としている。ただしこれはその名のとおりフィリピン、台湾、韓国を対象としており(その後、インドネシア、オランダにも同様の償いをしている)、韓国への「罪」それ自体への対応ではない。

 韓国側は日本のトップが直々に謝罪することを求めている。韓国の国会議長が安倍首相か天皇が「元慰安婦に『ごめんなさい』とひと言、言えば問題が解決される」と発言したが、これが韓国民の率直な感覚ではないだろうか。

 ここからが困難な領域に入る。やはり第二次世界大戦をどう総括するかに集約されるからである。ここで戦争を意識できる年齢を20歳としよう。戦時中に特定の国を「敵」と認識し、加害者として自覚を持てる年齢のことである。仮にその最低年齢を20歳とすると、2018年の時点で全人口に占める95歳以上の割合は0.4%である。

 ただし戦争当時に20歳ということは、これらの方々に戦争に乗り出す決定権はなかったから、その意味ではこれらの方々にも罪はない。要するに、戦争の責任はだれが取るべきなのかということであり、戦争の当事者でない人びと(現代のわれわれ)に責任は生じるのかということである。

 感情を交えず、できるだけ冷徹な視点から眺めるならば、75年近く経過した戦争の責任はだれが負うべきなのか。私は韓国に対する戦後の日本政府の態度に問題があったと見ている。国際法の規定に従っていたとはいえ、韓国人の感情を度外視した建前上の解決に固執した点が、今回の鬱積の爆発につながっていると考えられる。

 しかし一方で、これは私の憶測であるが、韓国の歴代の首脳が「日本カード」を使ってきたことも、いまの醜悪な諍いの原因の一端であると感じられる。つまり戦後の大統領や主要政治家が内政の不人気を挽回するために、反日感情をあおった面がないとは言えないであろう。その気になれば国内で処理できた課題を利用して日本を敵視することで、世論を引き締めようとしたことは否定できないのではないか。

 ここまできたら、私に解決策が思いつくはずがない。どこかで止めても両国政府・両国民にしこりは残るから、なにかのきっかけで再発するだろう。しかしせめて日本にできることがある。憲法9条を守ることである。

 結局、戦争が原因ということは、戦争の可能性を減らせば減らすほど、相手国の敵意は和らいでいく。日本が諸外国に「9条を堅持します」と宣言すれば、そこから友好関係の回復の道のりが始まる。終戦の日にこそ、その思いを強くしよう。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は9月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。