森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第236回 三権分立の本質

 政治の世界には、立法・行政・司法という3つの機能があり、議会・政府・裁判所が役割を担っている。憲法は権利章典(基本的人権)と統治機構から成り立っているが、近代憲法における統治機構の根幹が三権分立である。

 なぜ3つの機関がそれぞれ同等の力を有しているのかというと、ひとつに権力を集中すると、そこが暴走した時、だれも止められないからである。

 ただ三権のパワーバランスは国によって異なる。日本は国会を「国権の最高機関」と位置づけており、三権のなかで少し上に出ている。アメリカでは三権は平等であり、イギリスには明文憲法はないが、日々の運営を見ていると、議会の地位が先進国では最も高いだろう。

 日本で国会が国権の最高機関であるのは、どの国にも共通することだが、「法律」を決めることが政治の中心であり、法律を決められるのが国会だからである。政府がいくら大きな権限を握っていても、法的根拠を与えるのは国会であり、裁判所がいくら良心的であろうと、超法規的決定は下せない。

 日本など議員内閣制では、議会には法律を決める権限に加えて、政府の人選を行える権限が与えられている。議会が内閣総理大臣を選ぶから、首相は「国民」に対してではなく「国会」に対して責任を負う。国会は内閣の「任命者」であるから、それだけ国会のほうが政府よりも地位が高い。

 加えてほかの国にも共通することだが、司法の世界で頂上にある最高裁判所の長官と判事は国会の承認を必要とする。だから裁判所も国会に対して責任を負う。このように日本など議院内閣制では、三権は対等の権力を持つと規定されているが、実際は議会のほうがやや高いところにいる。

 これと異なるのがアメリカ、フランス、韓国などの大統領制である。ただし「大統領制」といっても、大統領が象徴のところと、大統領を直接選挙で選んで政治的権限を持たせるところとでは、大統領の意味はだいぶ違う。

 ドイツ、イタリア、イスラエルなどでは、大統領はいるが、国民の直接選挙で選ばれるのではなく、議会で選ばれる。政治的混乱が生じて内閣が組織できない時、大統領が出てきて特定の人を任命することはあるが、それは緊急時であり、平時では大統領は象徴的な存在として儀式的な役割しか担わない。

 その点、アメリカなど直接選挙で選ばれる大統領には大きな権限が与えられる。米仏韓では、国会議員は議会選挙で選ばれて、大統領はこれとは別個の大統領選で選ばれる。両者とも別々に国民に選出されているから、どちらが上でどちらが下とは決められない。

だから議会と政府は完璧に対等であり、両者が衝突すれば、膠着状態から抜け出すことはできない。議院内閣制の場合は、首相は国民ではなく国会に責任を負う。だから国会が内閣をクビにしたければ、不信任できる。ただし議会が不信任すれば、基本的には議会と政府は対等であるから、内閣としても解散という対抗措置を採ることができる。

 しかし大統領制では、議会と大統領はそれぞれ別々に国民に直接選ばれているので、議会の思惑で大統領をクビにすることはできない。大統領は議会にではなく、国民に対して責任を負っているから、議会は国民と大統領とのあいだには入れない。

 議院内閣制では、首相は議会に選ばれるから、議会は選んだ責任として不信任できる。しかし不信任案を乱用させないために、首相には解散権が与えられているが、解散権は不信任されていない時にでも行使できるのかというと、それはいまでも憲法論のなかで討議されていることで、決着はついていない。

 要するに、議会は内閣の働きぶりが悪い時、任命者の責任として内閣をクビにできるが、これは「政治的」理由で不信任できるということである。つまり失政による解任を行える。

 一方、大統領制では、議会は大統領の失政によってでは大統領をクビにできない。失政かどうかという政治的判断は有権者に任されるべきであって、この判断は大統領とは別に選ばれている国会議員の権限を逸脱している。

 とはいえ、大統領をクビにする方法がないわけではない。しかしこれは政治的理由ではなく、明確な法律違反がないと使えない。この「弾劾」では、アメリカの場合、議会が検察と裁判所の役割を果たす。大統領は国民に直接選ばれているから、国民に選ばれていない裁判所ではなく、国民に選ばれた国会議員によって裁かれる。

 アメリカでは、下院が訴追すれば、上院が裁判所の役割を担い、大統領が権力を乱用して法律違反をしたかどうかを裁定する。ここでの判断基準は「政治的」理由ではなく「法的」理由であり、失政では裁けない。

 韓国でも大統領は刑事訴追を免れるなど権限が保障されているが、大統領は絶大な権力を握っているため、悪質な乱用の際には弾劾によってクビにすることができる。アメリカでは下院が「訴追」して、上院が「裁判」を行うから、両方とも議会で行われるが、韓国の場合は国会で訴追が決まると、舞台は「憲法裁判所」(最高裁とは別で独立した存在)に移る。近年ではパク・クネ前大統領が弾劾されているし、それ以前では、2004年にノ・ムヒョン元大統領が訴追されている(憲法裁判所で棄却されたため、ノ氏は復職している)。

 1980年代、日本で「首相公選制」が議論された。政治主導で物事を進めていくために、行政の長に大きな権限を持たせるべきだという見解である。その後、首相公選制は下火になったが、強いリーダーシップが本当にいいことなのか、われわれは再考すべきではないか。議院内閣制と大統領制の比較が一助になるであろう。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は2月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。