森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第283回 独占と規制の物語

 

 ICTにおける昨年の最大の話題はNTTによるドコモの完全子会社化だった(12月29日に完了)。これに対して競合他社は公正な競争が阻害されると総務省に意見書を提出した。この手のものはマスコミで加工されたものではなく、公式文書に当たるべきなのでKDDIのサイト「NTT持株によるNTTドコモ完全子会社化に係る意見申出書を総務大臣に提出」から引用しよう。かなり長いが読む価値がある。

 「本意見申出書は、2020年9月29日にNTT持株がNTTドコモの完全子会社化を目的に公開買付けの開始を公表したことを踏まえ、電気通信事業を営む37社の総意として、電気通信市場の持続的発展に向けた公正な競争環境整備を求めるものです。」

 「NTT持株によるNTTドコモの完全子会社化は、そもそも日本電信電話株式会社等に関する法律 (以下 NTT法) に定めるNTT持株の目的・事業内容にそぐわないものであり、また、電電公社の民営化と共に積み重ねてきたNTTの在り方を巡る政策議論 (郵政省における審議、閣議決定、NTT法の改正など) を経て、公正競争環境の確保のために必要とされた『NTTドコモの完全民営化』や『NTTドコモに対するNTT持株の出資比率の低下』といった措置の趣旨に明確に反するものです。」

 「過去に措置されてきた公正競争要件を、何ら議論・整理することなく、規制対象の当事者であるNTT持株が一方的に反故にすることは、政策の策定・運用、規律遵守の体系を覆すこと、ついては電気通信市場の持続的発展を阻害することになります。」

 「仮に、適切な措置が講じられないままNTTドコモの完全子会社化が実現した場合、東日本電信電話株式会社および西日本電信電話株式会社とNTTドコモの資本的な関係性がNTT持株の下で強化され、人的・物的・財務的な一体性がさらに強まります。これにより強大な市場支配力が生まれ、競争事業者が排除されるなど、電気通信市場における公正競争が阻害され、競争を通じて生まれる利用者利益を損なうことに繋がります。」

 「加えて、NTT持株より、NTTドコモの完全子会社化を公表した際の記者会見において『エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 (以下 NTTコム) やエヌ・ティ・ティ・コムウェア株式会社 (以下 NTTコムウェア) をNTTドコモグループに移管することを検討している』旨の発言がありました。NTTコムおよびNTTコムウェアは1999年のNTTの分離・分割 (NTT再編成) などに際して求められた分離時の公正競争要件の対象となる特別な会社であり、このような公正競争要件の対象となるNTTグループ会社の組織改編については、NTTの在り方に関する政策議論を踏まえて措置されてきたNTT再編成の趣旨は維持しつつも、組織改編によって起こり得る各社のネットワーク・顧客基盤の統合などが及ぼす公正競争への影響を踏まえて、5G、Beyond5Gに向かうにあたり必要な公正競争要件を改めて議論する必要があります。」

https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2020/11/11/4779.html

 ICTにおける「公正な競争」とはなんだろうか。通信網が独占化・寡占化しやすいことを考慮すれば、完全な競争環境(たとえば5つ以上のプレーヤーが参入)はあり得ない。さらに今後のICT国際市場を見据えれば、世界で活躍できる企業を育成することも必要である。

 ちなみにドコモの完全子会社化を伝える報道は「NTTは[12月]29日、NTTドコモを完全子会社としました。グループ各社の連携を強化するのがねらいで、次世代の通信網をめぐって世界的に競争が激しくなる中、競争力を高めることができるかが問われます」と述べる(NHK NEWS WEB12月29日)。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201229/k10012788961000.html?utm_int=word_contents_list-items_002&word_result=IT%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88

 独占と国際競争力という観点から過去を振り返ると2008年の「光の道」が思い起こされる。これは「2015年までにブロードバンド利用率100%を目指す」という総務省「グローバル時代におけるICT戦略に関するタスクフォース」が推進した構想である。急先鋒がソフトバンクで、同社はA案B案を提示して人気投票にかけた。

 A案は「現在の進め方をそのまま継続」するもので、説明を引用すると「公設民営のため、政府や自治体が補助金(税金)を出すことで整備が進められていきます。しかも需要見合いで進むため、地方によっては利用したくてもできない方が多数存在することになります。このままでは2015年頃の『光の道』実現は不可能でしょう」とのこと。

 B案は「民間のアクセス回線会社が、一気に効率よく既設のメタル回線を撤廃し光ファイバーに切り替えていくため、赤字原因であったメタル回線の維持費が不要となることから、新たに税金を投入する必要がなくなり、光ファイバーの利用料金を下げることも可能です」というものである。 

https://www.softbank.jp/hikarijp/

 これに対してNTTは「『光の道』の実現に向けたNTTの考え方」を発表し4つのポイントを挙げている。

①「ブロードバンドの普及拡大は無線と固定の両方で実現していく。特に、無線のブロードバンドが発展している日本では、無線ブロードバンドを一層便利にしていくことが『光の道』の実現の決め手である。」

②「ブロードバンドのさらなる利用率の向上には、教育や医療、行政サービスでICT利活用を進めることが必要であり、政府の強力なリーダーシップでICT利活用を加速して、少子高齢化や環境問題などの社会経済的課題の解決と持続的な経済成長の実現を目指すべき。」

③「NTTは、これからも引き続き、行政サービス・教育・医療分野のICT利活用のサポート、デジタルデバイド解消のため、光サービスのエリア拡大、使いやすいサービスや料金の低廉化に努め、日本の情報通信に貢献していきたい。」

④「日本がグローバル時代に力強く伸びていくため、『ユーザの利便性』『国際競争力』『イノベーションと投資インセンティブ』の視点で、原則自由・事後規制への転換が必要である。」 

https://www.ntt.co.jp/topics/hikari/index.html

 いま思えば、この議論が不毛だったのは目的と手段が混同されていたことである。ICTの目的は「教育や医療、行政サービスでICT利活用を進めること」であり、このような社会的効用が高まるならば、手段論で泥仕合をする必要はなかった。しかし競合他社は自社が生き残るために他者の資源を取り上げようと政治力を利用した。

 INTERNET Watchは当時(2010/9/2)の状況を「メタル回線からFTTHへの移行については、ソフトバンクの孫正義社長がNTTのアクセス回線部門を分離し、分離会社が一斉に回線を切り替えることで作業は5年で完了できるという提案を発表」と整理している。

 そして「これに対してNTTの資料では、アクセス回線はユーザーの選択で移行先(他社の光サービス、CATV、無線など)が決まるものであり、ユーザーに光からの切り替えを強制できないことなどから、強制的な移行の実施を前提とする計画を策定することは困難だと主張」とNTT側の論点を提示している。

 加えて「NTTでは、移行にあたってはまずコアネットワークに関わる課題について検討することが必要で、アクセス回線の光化・IP化は、コアネットワークのIP化に関する課題の解決が前提だと主張」と指摘している。

https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/391209.html

 しかしICTは完全な民間市場ではなく、総務省の強力な監督下にある。これはくり返すがICTが独占化・寡占化しやすいことと、通信が公益性の高い事業であるため完全な民間所有になることの不確実性を許容できないためである。そこで2010年12月14日総務省「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」の「『光の道』構想実現に向けて 取りまとめ」が発表される。

 ここで当時、話題になった「構造分離」「機能分離」が出てくるが、その前提としてまず「NTTの在り方」が議論される。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000094716.pdf

 基本的な考え方は「基幹的な事業者であるNTTと競争事業者との間の一層の公正競争条件を確保すること。これにより、サービスの高度化・多様化と料金の低廉化を促すこと」と「既存の制度・ルールを見直し、NTTを含む電気通信事業者が技術革新の成果を迅速に取り入れ、消費者ニーズに的確に応えられるようにすること」である。

 そして「アクセス網のオープン化等の在り方」「中継網のオープン化の在り方」「ボトルネック設備利用の同等性確保の在り方」「ユニバーサルサービスの在り方」「今後の市場環境の変化への対応」という5つの課題を挙げている。

 さらに競争政策の肝として「設備競争の促進については、電柱・管路等の線路敷設基盤の開放と新しい無線技術の導入等によるアクセス網の多様化の推進等が行われてきたところである」と述べる。

 結局、競合他社としてはNTTの資産を自社に開放させることでしか通信市場に参入できないが、通信もNTTも総務省の監督下にあるため、政治を通じて事業環境を改善することになる。

 そこで総務省において中継地から各家庭までの「アクセス網」以下の記述では「ボトルネック設備」をどうするのかということが議論された。方法としては以下の3つ。

「ボトルネック設備利用の同等性を一層確保する措置を講じることが必要と考えられる。その手法としては、大別すると、

①NTT東西の組織形態の見直しにより実現する方法【構造的措置】

1)資本分離(完全分社化)(ボトルネック設備保有部門をNTTグループから完全に別会社化する方法)

2)構造分離(グループ内分社化)(ボトルネック設備保有部門をNTT持株会社のもとに別会社化する方法)

②NTT東西の組織形態の見直しは行わずに実現する方法【非構造的措置】

3)機能分離(NTT東西のボトルネック設備保有部門と他部門との間で、人事・情報・会計等のファイアウォールを厳格化する方法)」

 10年と1か月を経た教訓は、誰にもICTの進展は予測できないということである。スピードの速い世界だからいろいろな要因があるが、結局、当時NTTが述べていたように「ブロードバンドの普及拡大は無線と固定の両方で実現していく」が正しかった。

 アクセス分離は固定に過度な比重を置き過ぎていたし、別会社方式を採用していたらNTTは弱体化し、むしろ固定・移動ともに投資が進まず、結果的に「光の道」がめざしたことが遅れていたであろう。通信業界の政治利用と強すぎる規制の弊害がここに表れている。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は2月1日の予定です)

【森田浩之プロフィール】

東日本国際大学客員教授。長年、哲学と政治を学んできたが、現在は人工知能の基本理念と社会的意味について研究している。NTT労働組合の機関誌『あけぼの』に「未来を語ろう――ICT/AI研究ノート」を連載中。著書に 『情報社会のコスモロジー』 『社会の形而上学』 『小さな大国イギリス』『ロールズ正義論入門』がある。NTT労働組合の学習会では、情報通信政策について解説している。