森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第261回 安定した通信のために

 前号(2月1日)で「シャノン限界」について解説した。これは電話やインターネットで情報をやりとりする際、メッセージを正確かつ効率的に伝達するための技術である。

 おさらいしておくと、通信理論の大家はアメリカのNTTに当たるAT&Tのベル研究所にいたクロード・シャノン(1916~2001)である。彼が1948年に発表した『通信の数学的理論』という論文はいまでも教科書である。

 シャノンの理論は「情報源符号化定理」「通信路符号化定理」からなり、前者は「データ圧縮」の際のメッセージの安定性を、後者は通信の際のメッセージの安定性を扱っている。「シャノン限界」は後者の課題であった。

 「情報量」をHとするとHは不確かさ(エントロピー)を減少させるものだからH=-logなんとか......と定義される。正確には累積を表すΣと確率を表すpが入るので「H=-Σi p(i) log p(i)」となる。(Σのあとのiは実際にはΣの下に表記される)。これをもとに「情報伝達速度」H'が導かれ「H'=-Σi p(Bi) log p(Bi)/T」という数式で表される(これも対数と確率の累積と考えればよいだろう)。

 そして通信容量Cが現れるが、これは「C=limT→∞ log N(T)/T」と表される(本当ならT→∞は極限を意味するlimの下に書かれて「Tが限りなく大きくなると」を示す)。

  面倒なことに「通信路における情報伝達速度」Rというのが登場するが、これは「送信シグナルの不確かさ」H'(x)と「受信シグナルの不確かさ」H'y(x)の差のことなので「R=H'(x)-H'y(x)」と表される。

 2段落前にCを定義したが、これはH'(x)-H'y(x)の「最大値」のことだから「H'(x)-H'y(x)≦C」であり、かつ「H'y(x)≧H'(x)-C」となる。そしてH'(x)がCより大きいと、それは「通信容量」よりも「送信シグナルの不確かさ」のほうが大きいことを意味する。

 前号ではこれを《通信容量以上の情報を一定時間内に送信しようとすると、H'y(x)はゼロよりも大きくなるから、どうコード化をしようとH'y(x)をH'(x)-Cより小さくすることはできないので、送信途中で起こるメッセージの劣化を防ぐことはできない》と説明した。これが「シャノン限界」である。

 そしてNTT研究所がこの限界を達成したことを紹介した。再度引用すると「日本電信電話株式会社は、シャノン限界を達成しかつ実行可能な通信路符号(誤り訂正符号)『CoCONuTS』を実現しました」(NTT持株会社ニュースリリース2019年5月27日)。

 これは固定・移動両方に使えて、5Gを超えて6G時代には欠かせないテクノロジーである。私はすでに前回のシャノン限界で消耗しているが、さらに高度な話になるものの本当にすごい話なので、素人ながら、なんとかついていきたい。

 前回は電話を例に「情報源」「通信文」「通信路」と図式化したが、今度はニュースリリースに従い、スマートフォンでダウンロードしている様子を想像していただきたい。

 ここではメッセージが「通信文」で、メッセージを送信する通信会社の基地局が「符号器」(送信器)であり、電波が「通信路」、私のスマートフォンが「復号器」(受信器)となり、そこで復元されたメッセージが「通信文」である。

 記号に置き換えて、最初の基地局から発せられたメッセージをM、私のスマートフォンで文字や画像に戻されたメッセージをM'すると、理想的な通信はM=M'である。

 しかし電波が空中を飛んでいるあいだに別の電磁波でかく乱されると、メッセージの一部が損壊してMとM'が一致しない場合がある。これを「復号誤り」というが、MとM'が異なる確率を「復号誤り確率」とする。理想的な通信では、この確率がゼロでなければならない。

 新たな記号を導入すると、基地局にある最初のメッセージはMで、符号器で電気信号に変換される。これが「通信路入力」xで通信路を経ると「通信路出力」yとして出てくる。このyが私のスマートフォンの画面上でM'に変換される(このxとyは「シャノン限界」で挙げたx[送信シグナル]、y[受信シグナル]と同じ)。

 ここでとうとう私には完璧に手に負えない領域に入るので、上記ニュースリリース内の「提案法CoCoNuTSの技術ポイント」からの引用によって、締めとしよう。

 私の理解が正しければ、MとM'を一致させるには、符号器で信号(シグナル)に変換されたxと、通信路から出てきて復号器に入るyの両方で、雑音(ノイズ)の影響を受けにくい工夫をしておくということであろう。

 ここから数学の世界に入るので引用だけで済ませると、まずxの段階でノイズの影響を受けにくい符号化を行う。ニュースリリースにはfABという写像(私には理解不能)にcという補助情報を加えることで「Ax=cとBx=mを満たすxを生成」と書いてある。

 こうすると「得られる通信路入力の分布は一様分布」になるらしい。すると「通信路入力分布Pが一様分布の時に最大値(max)を達成していれば、LDPC符号[低密度パリティ検査符号]はシャノン限界を達成している」ことになる。

 復号器の段階では、符号器と同様に補助情報cを加えることで「yと条件Ax=cによりxを再生」して、まず「通信路入力」であるxを復元する。このxは同じ復号器内で次の段階に進み「Bx=mによりメッセージmを再生」する。

 通信業界のライバル会社はNTTが巨大すぎることで"公正な"競争が阻害されていると主張するが、これらライバル会社は通信事業が「社会的公益性」を有していることを忘れている。通信業は単なる金稼ぎの手段ではない。事業者には、新しい技術でわれわれの日々の生活を快適にしていく使命が課せられている。

 そして情報通信市場が国内では完結せずにグローバル化しており、外国勢が日本に進出してくるとともに、日本の通信会社も海外に打って出なければならない。そういうなかで「売り」になるものはテクノロジーしかない。そして日本のなかで、情報通信技術で世界に対抗できるのはNTTしかない。

 さらに、これほどの先端技術を開発できるのはNTTが持株制度であり、持株会社傘下に超一流の研究所がたくさんあるからである。NTTが解体されると研究所も分割されるが、そうしたら解体後の個別企業の利益になるものしか開発しないから、社会的公益性が一気に失われる。

 加えてNTTに余力があるため、NTTの研究は大学での業績と同じようにオープンな形で公開されるから、多くの人が共有できる。人工知能が発達したのは、担い手が学者だったため研究成果が学術論文に発表されたので、みんなが使えたからである。

 同じことは通信理論にも当てはまる。各企業が自社の利益だけを考え始めたら、通信事業特有の公益性が損なわれる。いつまでも政治化されるNTTの経営形態問題に終止符を打ち、国益を考えて研究環境を整備すべきである。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は3月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

東日本国際大学客員教授。長年、哲学と政治を学んできたが、現在は人工知能の基本理念と社会的意味について研究している。NTT労働組合の機関誌『あけぼの』に「未来を語ろう――ICT/AI研究ノート」を連載中。著書に 『情報社会のコスモロジー』 『社会の形而上学』 『小さな大国イギリス』『ロールズ正義論入門』がある。NTT労働組合の学習会では、情報通信政策について解説している。