森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第253回 史上最大の課題

 

 日常的な政治課題を超えて、人類の未来にとっての難問は何かと聞かれたら、私はズバリ「気候変動」と「ゴミ」と答えたい。ゴミに関しては、海洋プラスチックで話題になったが、これは大量消費によるゴミの大量発生という地球的課題の一端である。

 われわれは普通に消費をし、プラスチック容器に入った食品や飲料を買うが、これを捨てることに、あまり人は関心がないようである。たとえば、たまに見かける光景として、コンビニで買い物をした人が店を出た瞬間に、店の前のゴミ箱にレジ袋を捨てている。その人は飲み物ひとつを買うのにレジ袋をもらい、店を出た途端にそれを捨てるのである。ならば「袋は要りません」と言えば、その袋は無駄にならないのに、と私は思ってしまう。

 また、われわれにとってペットボトルなしの生活は考えられない。2016年の数字では、PETボトルリサイクル推進協議会によれば、清涼飲料用ペットボトル出荷本数は227億本とのことである。再生可能のように思えるが、多くは海外(東南アジア)に輸出して、そちらに任せきっている。ここからは推測だが、おそらくこれらの国々のなかで、違法な業者がプラスチック・ゴミを引き取って、そのまま海に投棄しているのではないだろうか。

 最近、これらの国々に輸出しているプラスチック・ゴミが日本に戻されている。日本で処理できなくなったものを、海外に押しつけていたが、これらの国々が処理できなくなって、日本に送り返している。地球はゴミで埋もれていく。この課題がむずかしいのは、経済活動とゴミの削減が両立しないことである。たくさん消費したほうが景気はよくなるが、その分、ゴミがたくさん出る。

 同じことが、もっと激しく進行しているのが気候変動である。通常は「地球温暖化」と言われるが、正式には「地球温暖化による気候変動」である。というのも、二酸化炭素の排出量が増えれば増えるほど、地球の平均気温は上昇していくが、それが局地的にどういう結果をもたらすかは、場所と季節によって変わるからである。暑くなるところもあれば、台風の被害が大きくなるところもあれば、冬には猛吹雪で生活がストップする場合もある。だから「温暖化」というよりは「気候変動」というべきであろう。

 まず、暑くなるだけで人の命が危険にさらされる。「猛暑日」という言葉が正式に使われるようになったのは2007年のことだそうであるが、ここから最高気温「35度」などというおかしな現象が常態化した。しかし数十年後には最高気温が40度を超える「激暑」が普通になると言われている。これは熱でうなされるような温度だから、熱中症での死者は想像を絶することになるだろう。

 日本に来る台風は、太平洋の赤道近くで発生した低気圧が北上して、日本を襲うものである。私は専門家ではないが、知るかぎりで解説すれば、赤道は太陽に近いから、その熱で海水が蒸発する。水分が空に到達すると、その場が急激に冷やされるから気圧が下がる。太陽が熱くなり、海上を温めれば温めるほど、水蒸気は急上昇し、量も増える。一気に上昇すれば、気圧は急降下し、量が増えれば、雲が大きくなる(結果としての雨量も増える)。

 地球は北から見下ろすと、時計と反対方向に回っている。不思議なことに、地球は猛スピードで走っているから、地上の物体は引力がなければ、振り落とされるくらいである。だから表面上の空気はそのスピードについていけないから、あとから地球を追いかけていく。だから通常、風は西から東に吹いていく。これが偏西風である。

 加えて、空気は高気圧から低気圧に向かって移動するから、赤道から両方の極に風は吹く。北半球では赤道から北極にかけて、南半球では赤道から南極にかけて、それぞれ気流は移動する。だから日本に来る台風はたいてい九州から日本列島を斜めに縦断する。偏西風と南から来る気流が合わさると、台風は南西から北東にかけて走っていく。

 要するに、気候変動によって台風の威力が大きくなっている。通常は、沖縄や九州、または四国・中国から上陸するから、そこに大きな被害をもたらしていく。台風は地上に入ると、陸地にエネルギーを取られていくため、東日本に来る頃には威力は弱まっている。

 しかし先月の台風15号のように、いきなり関東を直撃することもある。台風は海上を移動している最中は、海の湿気を取り込んでいくため、パワーは維持されるか、強くなる。今後、この手の台風が常態化していくだろう。

 ということで、世界的な取り決めで、二酸化炭素の排出量を削減しようという動きが出てきている。というのも、二酸化炭素の排出は、ひとつの国に限定されることはないし、ある国が大量に排出した二酸化炭素のせいで、ほかの多くの国が被害に遭ってしまうからである。

 たとえば、先進国が悪化させた気候変動の当初の被害者は、太平洋やカリブ海の島々、アジア・アフリカの比較的貧しい国々である。なぜなら、これらの国々は海に近いし、水面が上昇した際の防波堤の建築費が捻出できないなどで、気候変動の影響を直接的に経験しなければならないからである。水没やそれによるコレラなど感染症の蔓延もある。

 気候変動を止めるには、各国の政府どうしで取り決めて、実行しなければならない。「みんなで決めて、みんなで守る」これが気候変動のために必要な態度であるが、実はこれが政治の基本であり、王道である。だから気候変動問題は、政治の原点に立ち戻ることを意味する。

 政治は国内においては、たしかに権力のことである。政府に権力を持たせるために、議会で法律を決める。一般国民にできることは国会議員を選ぶことだけで、国会議員が法律を決めると、政府がそれを根拠に権限を持つ。従わない国民がいれば、権力を行使して、必要であれば、暴力を用いて、法律を守らせる。

 気候変動が史上最大の課題であるのは、人類の未来にとって死活問題であるだけでなく、解決するためには権力なしの合意を形成しなければならいからである。いまのところ(たぶん、将来的にも)世界政府はないから、国家間の合意はそれぞれの政府の自由意思で守らなければならない。守らせるための警察権が国際社会に存在しないからである。

 だから各国政府が集まって京都議定書やパリ協定のようなものを合意すると、それを執行するかどうかは各国政府の善意に任される。パリ協定に罰則規定はない。これは「みんなで決めて、みんなで守る」の究極的な姿である。権力なしで人間はルールを守れるだろうか。歴史はまったく新しい段階に入った。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は11月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。