森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第222回 ブレグジットのその後

2016年6月、英国はEU(欧州連合)から去るか、それとも留まるかを問う国民投票を実施した。細かく振り返ると、有権者数4650万人に対して、投票総数は3358万で、投票率は72%であり、離脱は1741万人、残留は1614万人だった。この結果、離脱が51.89%、残留が48.11%となり、英国がEUから離脱することが決まった。

直後から、残留派のなかに「セカンド・レファレンダム」(第二国民投票)を主張する人がいた。国民は離脱の内容をよく知らずに、充分な理解なしに投票してしまったから、やり直す必要があるということであった。

しかしこれでは、正式な民主的手続きである国民投票を、自分が望む結果になるまでくり返すことになるから、残留派は第二国民投票を求めるかもしれないが、離脱派はこれで決まりと思っている以上、やり直しに乗るはずがない。

というよりも、そもそも「これ一回きり」という究極の選択だからこそ、国民投票に意義があるから、もう一度やるというのは、国民投票の重要性を失わせてしまう。

だから当初から一部に第二国民投票の声はあったが、それはごく少数派で、その声もすぐに消えた。大半の残留派が離脱を受け入れて、第二国民投票の可能性を最初から否定していたので、第二国民投票を本気で望んでいた人はほとんどいなかった。しかし別の文脈で「第二国民投票」を主張する人はいた。

というのも離脱が決まり、EU委員会と英国政府が協議を始め、それがメディアで伝えられるまで、多くの国民は「離脱」の本当の姿を理解できていなかった。国民投票の選挙運動では「ブリュッセル(EU本部)の官僚支配と戦う」というのが離脱派の論拠だったが、その時点で、具体像を突き詰めた人は少なかった。

たとえば英国には英国の議会で決められた法律があるが、EUにも欧州議会で決められた法律がある。このふたつのあいだに相違があったら、どちらが優先するのか。

通常、英国民であれば、国内で生活するかぎり、同国の法律で統治されている。それに不服でなければ、そのまま平穏に暮らせる。しかし行政か、司法の決定に不満で、英国民がその法は人権侵害に相当すると欧州裁判所に訴えて、欧州裁判所が英国法を違法とすれば、英国政府は欧州裁判所の裁定に従わなければならない。要するに、欧州法が英国法を否定できるのである。

他の分野でも、EUは英国民の生活を隅々まで支配してきた。農業補助金や、漁獲量の割り当て、芸術を含むEUレベルでのプロジェクトへの拠出金などである。

しかしEUの本質は「単一市場」にある。EU域内はヒト・モノ・カネ・サービス・情報が関税なしに自由に行き来できるということである。それは同時に、すべてが関税なしに輸出入できる分、労働力も自由に移動できるということであり、これが移民を呼び込んでいるということで、移民反対の意見が優勢で、離脱が勝った。

英国経済にはEUへの輸出で稼いでいる企業がたくさんあり、また農業、漁業、飲食、建設、さらには水道工事などでは、外国人労働者に多くを頼っているため、これらの分野では残留派が多かった。

いまのところEU離脱の具体的形態としては「法」「補助金等」「単一市場」からの離脱は決まりといってよい。しかし課題は残っている。最大のものが南北アイルランドの国境である。

アイルランドは英国が1801年に併合したものだが、プロテスタント国の英国と、カトリック国のアイルランドは融和し得なかった。アイルランドは寒い地域で、昔はジャガイモくらいしか食料がなく、19世紀中頃の飢饉のため、多くがアメリカに移民した。

英国政府はアイルランドを同化させるため、スコットランドのプロテスタントを北に移住させた。これでキリスト教徒どうしの紛争が始まり、収拾策として1922年に南を「アイルランド共和国」として独立させた。しかし英国に残った北のカトリックが取り残され、以後、反政府運動を続ける。それが極まったのが1970年代のIRA(アイルランド共和軍)によるテロである。

やっと1998年の聖金曜日(4月10日)に、分権議会と、プロテスタントとカトリックの両方が加わる分権政府など、共存のための「グッドフライデー合意」が締結される。目玉のひとつが、南と北の国境検問所を廃止して、両地域住民が自由に行き来できるようにすることであった。

しかし英国がEUから離脱すると、この国境線をどうするかという問題が持ち上がる。というのも「単一市場」は域内関税ゼロの規定であるが、「関税同盟」はこれとは別で、EU域外から域内への(EUから見ての)輸入品に対する関税を加盟国間で統一することだからである。

たとえばEUとアメリカとの協定で、EUがアメリカの自動車を輸入する際の関税を5%とすると、フランスが輸入しようと、イギリスが輸入しようと、すべて5%になる。そうしないと、関税を安くしたところが抜け穴になって、EUとアメリカとの取り決めが無効になってしまうからである。

だからEUとアメリカとの5%という規定がそのままで、離脱後のイギリスがアメリカと3%で合意すると、アイルランド人はイギリスで買って、検問のない北アイルランドから持ち込んでくるだろうし、反対に米英の関税が8%になったとすると、イギリス人がアイルランドで買って、それを自国に運んでくるだろう。

ゆえに、いま離脱派と残留派は関税同盟をめぐって火花を散らしている。そして残留派のなかに、この醜悪な争いを自分たちに有利なように決着させるために、やり直しではなく、具体的な離脱の条件を国民に問う国民投票をすべきだと主張する人がいる。しかしこれも少数意見である。

細かいところまで解説したのは、国民投票に意義はあったのか、と自省しているからである。私は民主主義者だから、国民投票には大賛成であるが、国と国との取り決めに関することを、すべて国民に判断させるのがよいのか、再考せざるを得ない。

国民投票がこれほど感情に流されて、対立する当事者たちの利害調整に不向きなのを見せつけられると、日本でも憲法改正の際の国民投票は、慎重の上にも慎重に、理性で判断できるような環境づくりに努めなければならない。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は7月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。