森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第192回 理想の社会

醜悪な現実を目の前にして忘れてならないのは「どんな社会にしたいのか」と問い続けることである。問いをやめてしまうと、理想に近づこうという努力を怠り、果ては善悪の感覚が鈍り、現実を認めてしまうことになる。

私が理想とする社会は、実現が不可能であると知りつつ、自律した個人が集まる社会である。自律した個人は、物事を正確に読み取り、的確な判断力に基づいて、自分の行動と社会のルールを決める人である。

自律的な個人は、ある人が何かを発言したら、それが真実であるかを自分の目で確かめる。それが虚偽であれば、訂正するよう発話者に求めるが、内容が正しければ、それを根拠に「正しい行動とは何か」「正しいルールとは何か」を考察する。

自律した個人は既述のように、二つの意味で「正しい」の意味を熟慮する。自分の行動と社会のルールである。社会生活を営んでいるかぎり、自分の行動は他者に影響を与えるから、人に迷惑をかける身勝手な行動は許されない。

自律的な個人は「政治参画の権利」を有する存在でもある。政治参画は社会のルールを決める過程に関わることであり、的確な判断力に基づいて社会のルールを選ぶことが市民の権利となり、義務となる。

社会のルールはどうやって決めるのか。ルールは社会のメンバー全員に平等に適用される。そのルールを自分たちの手で決めるのだから、わざわざ自身に不利になるようなルールを選ぶことはない。

同時に、他人に迷惑をかけようと、自分だけが得をすればよいというルールも採択されることはない。社会のメンバー全員が決定に加わっていれば、「得をする人」になる場合もあれば、「迷惑をかけられる側」になる場合もあるため、そんな危険なルールを選ぶことはないからである。

だから「正しいルール」を決めるために、民主主義が不可欠になる。特定の人がルールを決められるならば、他人にどれほど迷惑をかけようが、その人にとって得になるルールを選ぶことになるだろう。ゆえに独裁制や専制政治が拒否されて、メンバー全員が決定に参画できる仕組みが生き残っている。

整理しよう。理想の社会とは何か。それは自律した個人が構成する社会であり、自律した個人は的確な判断力に基づいて社会のルールを決める人である。そして「正しいルール」が採用されるようにするために民主主義が制度化された。

では「正しいルール」の中身は何か。一足飛びに現実政治に移行すれば、それは「低福祉低負担」か、それとも「高福祉高負担」か。

国家が民間から税金として徴収する資源を少なくすることで、市場経済が創り出す富を最大限にすべきなのか。それとも市民はたくさん税金を支払わなければならないが、その分、年金や医療などで安心できるほうがよいのか。

私はあえて「まず一人ひとりが何を望むのか」を考えるべきだと主張したい。いきなりあるべき予算構造や社会保障を語るのではなく、手続きに焦点を絞りたい。

私が理想とする社会は、非現実的で絶対に実現することはないが、自律的な個人が社会的課題について熟議する社会である。熟議は、採決によって打ち切ることなく、話し合いのみで決定に至ろうという試みである。

熟議のポイントは、できるだけ採決に持ち込まないという前提があるため、全員が納得するまで議論を続けることである。全会一致まで終わらないから、一つの意見が反対派を力でねじ伏せることはない。

討議のなかで「多数派」と「少数派」が形成されるとしても、多数派は数の力で押し切ることはできないし、少数派も単なる抵抗勢力になることはなく、建設的な姿勢で決定過程に関与できる。

結果、理想的には、多数派が6割で、少数派が4割なら、それぞれの言い分が6対4で入っているルールが導かれる。それぞれはこれに不満を持つだろう。しかし全体を見渡す視点からすれば、これは社会構成を忠実に反映した成果になる。

話し合いを続ければ続けるほど、自分の意見と違う人の話を聞く機会が増える。これで相手の立場から社会的課題を観察できるようになるため、みずからの主張を100%通すことが不可能なことを知り、譲歩の必要性を悟る。

私がこの手続きにこだわるのは「熟議が実現されれば、そんなに悪い社会になるはずがない」と信じているからである。ルールの決定に参画できるのだから、わざわざ自身の権利を売り渡すようなものを選ぶはずがないからである。

たとえば国民の1割を奴隷にするほうが、GDPが成長するというルールを検討するとしよう。徹底的に議論すれば、いろいろな立場の人の話を聞くことができるが、これを続ければ、あらゆる方向から物事を観察できるようになる。

すると仮想的に、得する人・損する人、それぞれの状況に身を置いて熟考することになるから、「自分が奴隷になった場合」を想定することができる。ならば、このルールを選ぶ人はいないであろう。

以上は「理想」を語ったもので、実現可能性については一切考慮していない。しかし暗黒の現実に巻き込まれないために、われわれは理想を語り続けなければならない。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は4月3日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。