森田浩之の政治コラム(最新回)

森田浩之の政治コラム

第202回 政府の偽善

テロ等準備罪は組織犯罪処罰法の改正によって新設された。

「次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を2人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。」

これによりテロの計画段階で資金調達や現場偵察を行うと処罰されるが、テロ等準備罪が付け加わる前の組織犯罪処罰法には次のようにある。

「この法律は、組織的な犯罪が平穏かつ健全な社会生活を著しく害し、及び犯罪による収益がこの種の犯罪を助長するとともに、これを用いた事業活動への干渉が健全な経済活動に重大な悪影響を与えることにかんがみ、組織的に行われた殺人等の行為に対する処罰を強化し、犯罪による収益の隠匿及び収受並びにこれを用いた法人等の事業経営の支配を目的とする行為を処罰するとともに、犯罪による収益に係る没収及び追徴の特例等について定めることを目的とする。」

ここには2つの罪が記載されており、ひとつは組織的殺人の厳罰化、もうひとつは収益を得ることを目的とした組織犯罪の処罰化である。

元々は収益を得るための犯罪を禁止することを意図した法律に、テロ準備としての資金調達を禁止する項目を入れたわけである。

時間的因果関係からすると、前者は「犯罪→収益」で、後者は「資金→テロ」である。犯罪とカネのつながりから見て、これでは組織犯罪処罰法が目的としていたことと、テロ等準備罪の意図するところとが混同されてしまい、法律が持つ社会的メッセージがあいまいになってしまう。

しかしそれよりも問題なのが「テロ等準備罪は国際条約を締約するための前提」という政府の主張である。これに関しては特に政府の偽善を追及したい。騙して法律を強行に通したことは、法治国家として恥である。

名称は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」で、組織犯罪を「3人以上の者から成る組織された集団であって、一定の期間存在し、かつ、金銭的利益その他の物質的利益を直接または間接に得るため1または2以上の重大な犯罪、またはこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として一体として行動するものをいう」とする。

この条約が対象とするのはテロリストではなく、人身売買や麻薬取引等、利益を目的としたマフィアなどの犯罪カルテルである。これは上記の改正前の組織犯罪処罰法が対象とするものと同じである。

この条約の第3条は犯罪を「この条約は、別段の定めがある場合を除くほか、次の犯罪であって、性質上国際的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するものの防止、捜査及び訴追について適用する」と定義する。

詳しくは「第5条、第6条、第8条及び第23条の規定に従って定められる犯罪」と規定しており、個別に見ると、5条は「組織的な犯罪集団への参加の犯罪化」、6条は「犯罪収益の洗浄の犯罪化」、8条は「腐敗行為の犯罪化」、23条「司法妨害の犯罪化」のことである。

この条約は締約国に4項目について、それらを違法とする法律がなければ、犯罪とするための新法の制定を求めている。しかしこれらのなかにテロ対策はない。

5条は「締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる」と要請している。

しかし中身は「金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接または間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを1または2以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の1人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い、または組織的な犯罪集団が関与するもの」である。

これも組織犯罪処罰法と同様に「収益を目的とした組織犯罪」を対象としており「テロ準備としての資金調達」の記述はない。

6条は資金洗浄について「その財産が犯罪収益であることを認識しながら、犯罪収益である財産の不正な起源を隠匿し、もしくは偽装する目的で、または前提犯罪を実行し、もしくはその実行に関与した者がその行為による法律上の責任を免れることを援助する目的で、当該財産を転換し、または移転すること」とする。

A国における犯罪でカルテルが収益を得て、それをB国の銀行で有価証券に換えたとしよう。ここにいくつかの問題が発生する。B国に取り締まる法律があるか。A国はB国に資金の返還を求められるか。B国で容疑者が拘束された時、ABどちらで裁くのか。B国で有罪になった場合、ABどちらで服役するのか。

これら国家間の法的紛争を解決するのが条約の意義である。テロ準備対策ではない。

8条が違法とするのは「公務員に対し、当該公務員が公務の遂行に当たって行動し、または行動を差し控えることを目的として、当該公務員自身、他の者または団体のために不当な利益を直接または間接に約束し、申し出または供与すること」である。

23条は「裁判官または法執行の職員によるこの条約の対象となる犯罪に関する公務の遂行を妨害するために、暴行を加え、脅迫し、または威嚇すること」の処罰化を求める。

条約の対象は、売春や児童労働のための人身の取引や麻薬の密売など、利益を意図した組織犯罪であり、それと戦うために、他国での資金洗浄の禁止、マフィアによる役人買収や裁判の妨害を防ぐことである。

テロ等準備罪は法律そのものに大きな問題があるが、導入するための手続きで汚い手が使われた。政府は法律の制定過程で嘘をついてはいけない。

(このコラムは毎月1日と15日の月2回。次回は9月1日です。)

【森田浩之プロフィール】

1966年生まれ、東日本国際大学客員教授。フリーの著述家として、政治・経済について執筆・講演する一方、情報通信政策研究会の座長を務めている。NTT労働組合の政治学習会では、全般的な政治・経済に加えて、「これからの労働運動」「若者と政治」「NTTをめぐる規制と情報通信政策の動向」「地方分権時代の政策立案」など、多彩な内容の講演を行なう。著書に『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社)、『社会の形而上学』『情報社会のコスモロジー』(共に、日本評論社)など。